【読書日記】中川淳一郎氏の一ファンとして、皆さんに読んでほしい二冊の本

  1.  読んでほしい二冊の本
  2. そもそも中川淳一郎とは何者なのか
  3. 「夢、死ね!」はサラリーマンの仕事の本質は『怒られたくない』ことだと教えてくれた
  4. 「内定童貞」は仕事の先に夢があることを教えてくれた

 

1. 読んでほしい二冊の本

 中川淳一郎氏が、2020年8月31日をもってセミリタイアされるとのこと。それ自体は「本当にお疲れさまでした」の一言に尽きるのだが、セミリタイアされることで、当然表に出る機会が減り、その結果段々と知名度は下がっていき、併せて本も売れなくなり、いずれは本屋さんから消えていく。その前に、ということで本記事を書こうと思い立った。分量がそこそこあるので、眠れない夜に読んで頂きたい。*1

 

 まず、前提として、著者はファンといいながら、以下の本しか読んでいない。したがって、その前提の上での個人的意見ということをあらかじめ了承頂ければと思う。

 

<番外編>

 

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新書が多いのが特徴かもしれない

 

 結論から言おう。皆さんに、特に学生や、キャリアに悩んでいる人に、是非読んでほしいのが、下記2冊である。

 

夢、死ね!若者を殺す「自己実現」という嘘(星海社新書)

 

内定童貞(星海社新書)

 

この記事を書くにあたっての私の目標は、これを読み終えた皆さんが、上記を手に取って購入される(別に購入しなくても良いが少なくとも読んでいただく)ことにある。想いを込めて語っていきたい。

 

2. そもそも中川淳一郎とは何者なのか

 

  経歴だけを、簡潔に書くと以下のようになる。

 

が、これだけでは、いまいち実態が掴めない。

 

 私の勝手な意見を言わせてもらえれば、中川淳一郎という人は、「建前が許せない人」であり、「言葉を飾らない人」であり、「当時、賛美にあふれていたインターネット社会を表立って公然と非難した人」である。*5

 

 今の人はインターネットは、良い面悪い面両方あるというのは当たり前の事実のように受け止められていると思うが、少なくとも2000年代前半はそうではなかった。イメージとしては今のAIブームに近い。インターネットといえば、ほとんど理想郷のように言われていた。そこへ出てきたのが、当時ではまだ少なかったネットニュースを編集者として関わっていた中川氏が出した「ウェブはバカと暇人のもの」であり、当時ほぼ無名に近かったにも関わらず、かなり売れた。正確な冊数は私にはわからないが、私の手元の本だと、

 

  • 2009年4月20日 初版第1刷発行
  • 2009年5月15日 2刷発行

 

とある。1か月と経たないうちに、新書というジャンルで重版がかかったのだから、少なくとも出版社の予想を超えた売れ行きであったことは間違いない。私自身、中川氏を知ったのは、この本だった。

 

  しかし、この本を読み終えたとき、中川氏に対する私の印象は良くなかった。この本の伝えたいことは、「ネットはあなたの人生は変えない」であり、それ自体は当時の私でも薄らぼんやりと感じていたのでまぁいいとして、「なぜここまで毒々しい言葉を使うのだろう」というものだった。実はこの本は色々エピソードのある本でもあって、初めて中川氏の本を読むという人には、自分は薦めていない*6

 

  中川氏の本を再度手に取るきっかけとなったのは、私が社会人2年目の時だった。私は、意識高い系学生から見て、その名前を口に出しただけで「情弱」というシールを頭に1,000枚くらい張り付けられるような会社に就職した。*7最初の1年は、「ああ、会社で働くというのはこんなもんなのかなぁ」と思ってやっていたが、2年目くらいから「このままでいいのか」「意識高い系学生たちが実は正しかったのでは?」という想いに苛まれた。ただ、具体的に何に悩んでいるかといわれると、上手く言語化出来なかった。そもそも初めて勤めた会社なので、相対化が出来ない。果たして、会社が異常なのか、自分が異常なのか、判断が付かないのだった。そんなときに出逢ったのが、おすすめ本その①の「夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘」だったのである。

 

3. 「夢、死ね!」は、サラリーマンの仕事の本質は『怒られたくない』ということだと教えてくれた

 

 この「夢、死ね」というタイトルは誤解を招くと思っている。本書は、元々は「凡人のための仕事プレイ事始め」という本を、加筆・修正したものであり、こちらのタイトルのほうが、内実をよく表していると思う。

 

 この本に限ったことではないが、著者の仕事に対するスタンスは一貫していて、

 

  • 自分に向いていることをせよ
  • 突き抜けた才能より、確実性・信頼感のほうがほとんどの仕事では重要
  • 仕事はプライベートっぽくなるほど楽しい。仕事をプレイと思って楽しむべき

  

 まず本著は、「夢」を語る人に対する批判からスタートする。「夢に向かって走り続けます!」「異業種交流会でレベルの高い人と集い、刺激を受けた。俺も夢にむかって頑張る」。なぜ著者がこれを批判するかというと、自分の「金持ちになりたい」「もてたい」という欲望を、「夢」という言葉でコーティングするからである。いや、そうではない、本当にかなえたい夢があるというのであれば、夢ではなく目標というべきだ、というのが筆者の変わらぬ主張である。

 

 そのうえで「夢を諦める日付を入れるべきだ」という言葉が入る。ちょっと脱線するが、代々木ゼミナールの名物講師で荻野暢也という人がいて、この人がインタビューでこう言っている(リンクを貼り付けようとしたら、消されていた。ニコニコ動画とかには上がっているみたいなので、興味を持たれた方はぜひ)。

 

  • 「一浪してセンター8割いかなかったら、未来永劫国公立医学部は諦めろ。そういうものなんだから」
  • 「日本人は夢を追いかけて成功する、ということを言い過ぎた。それがどれだけ若者の人生を奪っているか」
  • 「なれるものになればいいし、なれるものにしかなれない。それが幼いころに憧れていた職業でなかったとしても、それは恥ずかしいことでも何でもない」

  

 本書にも出てくるのだが、「夢」を諦めない一番の方法は、何もしないことである。挑戦して成功する人も勿論いる。だが、圧倒的多数はその夢に届かない。スポーツはまだいい。才能差が素人目にも歴然と現れるので、諦めやすい。問題は、例えばお笑いや小説家といった夢の職業で、客観的物差しがないだけに、引きずりやすい。

 

 そして夢を諦め、ないしは一旦横において仕事をしていくわけだが、仕事とは

 

  1. 生活のためにやる
  2. 人から怒られないようにする(そのために配慮をし、体を動かす)

 

ことが本質であると述べている。筆者がそう感じた瞬間は、博報堂時代に手掛けたAmazonの日本進出プロジェクトなのだが、詳細は本を読んでいただきたい。私にとって重要なのは、この「人から怒られないようにする」くだりだった。今まで、会社でなぜこんなことをするのか全く理解できない、という行動の多くは元々の源流をたどっていくと確かにこの言葉に行き着くなと、そこで初めて腹落ち出来た。今までは、会社の掲げる理念と実態が乖離しているように感じ、苦しさを覚えることもあったのだが、これを知って気が楽になった。*8

 

 そのうえで筆者が伝えたいことは、仕事をは「どうでもいいおっさんを出世させるため」にやることは多いが、それに勝る素晴らしを持っている、と説く。

 

 また脱線して恐縮だが、著者に限らず、フリーランスの方は仕事に対するスタンス、思考の深さがサラリーマンとはまるで違うと思っている。誰も働き方の指針を示してくれないし、そもそも仕事を自分から取りに行かないと生きていけない。かといって、何でもかんでも受ければいいかといわれると、そうでもない。ならば、自分にとって「受けられる仕事」「受けられない仕事」は何なのか、その線引きをして自分は仕事にあぶれないといえるのか、等考えることが山ほどある。

 

 著者が、「夢、死ね!」というのは、本物の夢ならばいざしらず、欲望をコーティングした偽りの夢に引っ張られるあまり、結果が伴わず死んでいくことが嫌いだからで、それを無自覚にあおる人間に怒りを覚えるからだと思っている。

 

 そして、かなり真実を捉えているのでは、と思ったのが、著者が掲げるフリーランスの人間の仕事の条件である。以下条件で3つあてはまる仕事をすることが理想、2つだと少し文句を言ってしまう、1つだと、文句を言う上に手抜きをしてしまう、1つもなければ、もはやそれは仕事ではない。

 

  1. 成長できる
  2. カネ払いが良い
  3. 仕事相手のことが好き

 

  人によって、各要素の重要度に差はあるかもしれないが、誰しもが仕事を受ける際にちらっと考えることではないかと思うのだが、如何だろうか。

 

 つらつらと書いてしまったが、雰囲気だけでも伝わっただろうか。特に就職をして、理想と現実の差に愕然としている人にこそ読んでほしいと思う。少なくとも自分はどう生きていきたいかを考えるきっかけにはなると信じている。

 

4. 「内定童貞」は、仕事の先に夢があることを教えてくれた

 

 冒頭で、私は中川氏という人は建前が嫌いな人間であると書いたが、今の世の中で最も建前がまかり通っているのが、就職活動ではないだろうか。そして、言葉を馬鹿正直に捉えてしまう人ほど、就活では苦戦するのではと思っている。彼らが求める人材は、少なくとも会社パンフレットには載っていない、少なくともごく一部しか現れていない。

 

 本著は、そもそも採用をする企業側の本音は

 

  • 稼げるヤツ
  • ガタガタ文句言わず働くヤツ
  • 聞かれたことに答えろ

 

だと述べて、ありがちな失敗例と、良い例を挙げている。類書は絶対に無い本だと断言できる。本著1冊抱えて就職活動に特講するのは危険かもしれないが、サブテキストとして置いておくだけの価値はあると強く言いたい。

 

 ただ、私が本著を推すのは、就職活動の実態がわかるから、ではない。私が本書をすごく好きなのは、最後のエピソードがあるからだ。

 

 「夢、死ね!」でもそうだが、読者の多くは、恐らく読んでいる途中から働くことにちょっとした幻滅を味わうはずだ。こんなことに、自分は人生を費やしていくのかという想いにかられる方もいるかもしれない。ただ、中川氏の伝えたいことは、そんな中でも仕事は楽しいこともあるし、続けていく中で夢にも届く、ということなのである。

 

 中川氏の文体は、作家の椎名誠氏によく似ている。これは偶然でもなんでもなく、中川氏は椎名氏に憧れ、「さらば国分寺書店のオババ」や、特に青春三部作である「哀愁の町に霧が降るのだ」「新橋烏森口青春篇」「銀座のカラス」で出てくる若者のドタバタ劇が滅茶苦茶好きだったらしい。なかでも憧れだったのが、椎名氏が編集者の人とビールなどを飲みながら、次の企画を考えることだったらしい。*9

 

 ただ、中川氏は出版社は倍率が高すぎるので諦めた。ところがフリーになって、本を書くようになった。それこそ、椎名氏の本で描かれていた「編集者との打ち合わせ」が現実のものとなり、本当に幸せだった。そして、中川氏の究極の夢は、モノカキとなるきっかけになった椎名氏と仕事をすること、しかもこちらからのお願いではなく(それだと相手の善意に付け込んだようにも感じてしまうので)、あくまで先方からの依頼を受けてやり、「よくやってくれたね」と言ってもらうこと。それが夢であると。

 

 そして、それが遂に叶った。冒頭で、私は番外編として「新橋烏森口青春篇」を出したが、このあとがきを書いたのは中川氏であり、これは椎名氏の依頼を受けたものだったのである。

 

 仕事の先に夢がある。このエピソードは本当に好きで、よく意味もなく読み返している。

 

 長くなってしまったが、上記2冊は特に仕事に悩んでいる人にこそ手に取ってほしい。少なくとも、私が知る限り、まず同じような本は無い。偉人エピソードは無いが、だからこそ刺さるものもあると思う。

 

以上

*1:完全に余談だが、中川氏はネットでも居心地の良いコミュニティ、悪いコミュニティがあり、「はてな」とは相性が最悪であると述べている

*2:本書を出した理由も、記事内で紹介させてもらおうと思ったのだが、上手く流れに載せられなかったので、やむを得ずここに書く。まず、本書は「仕事の最強理論は努力の娯楽化であり、娯楽化が出来るかどうかは、好きなものをやれているかどうかによる」と信じる楠木氏が、色々な有名人に「好きなものは何か」を聞いていくという、なんとも面白いインタビュー集。中川氏は常見陽平氏と一緒にインタビューに答えているのだが、2人は元々若かりし頃の楠木氏の授業の受講生であり、当時の話が結構出てくる。これはあくまで私の理解だが、楠木氏と中川氏は仕事に対する考え方は結構似ている(例えば、二人とも「夢」という言葉が嫌いで、「目標」と言え、とか)。ので、楠木氏の本が好きな人は、中川氏の本が刺さる可能性は高い。ただし、楠木氏の言葉遣いは割と上品というか、ユーモアを交えて批判するのに対し、中川氏は唾を吐きかけるような言葉で批判をしてくる。ので、生理的に無理、という人はいるかも。実際、私が周囲の人に中川氏の本を薦めたとき、相手が断る理由として「なんか嫌な気持ちになる」というのは結構多い。好き嫌いなのでそこはどうしようもないが、著者は自分に合わないものは何でもかんでも批判する、という人ではないことだけは言いたい。あと、中川氏は、自分を上において見下す、ということが絶対に無い

*3:この時期の代表的な仕事が『テレビブロス』の編集者

*4:スタートは「アメーバニュース」実は、中川氏は過去サイバーエージェントゴーストライターとして、新卒向けの会社案内の藤田社長のメッセージなども書いている

*5:のでサラリーマンには向いていない。本人も、博報堂を辞めた理由は、自分が窓際族になる将来が見えたからと書いているが、これは謙遜でもなんでもなく、事実だろう。

*6:主なエピソードは2つ。その①。この本は、当初中川氏が想定していた意図及び書いた原稿から大きく乖離している。当時、中川氏はニュースサイトの編集者であり、運営サイドの会社に原稿を事前に見せた。中川氏としては、本書の発刊と共に『これだけネットに精通している人間が編集者でいるんだ!』と読者を驚かせ、例えばネットとの正しい付き合い方的なセミナーを一緒に開けたら、という前向きな気持ちだったらしいのだが、その会社からすれば「ネットに超批判的な人間がネットで金儲けしてやがる」と集中砲火されるのは間違いなく、徹底的な修正が施されている。詳しくは「夢、死ね!」をご覧頂きたい。エピソードその②。こちらは、かなり重い話。この本の裏テーマは、中川氏が過去同棲し、2007年に自殺した女性への遺書というもので、第5章がそれにあたる。詳しい経緯を知りたい方は「ウェブでメシを食うということ」を読んでほしい。中川氏も、ある意味ネットによって不幸せになった人間であり、だからこそ、本書の「ネットはお前の人生を変えてはくれないんだ!」という叫びは真実味がこもっている

*7:今でもそうなんじゃないかと思っているが、就職活動の時期が近づくと一部の学生は変容する。今まで「C.C.のおっぱいの大きさはどれくらいなのか」を語り合っていた友人が、突如として「MECEに考えて、その発想は無いよね」などと語りだすのが、就職活動というものだった

*8:以後、嫌いな上司の小言を、一生懸命メモするふりをして「うるせえ、ハゲ」と書くような大人になった。そして、一方で自分の周りの人たちが怒られないように、自分なりに貢献することを心掛けた。

*9:現代でいうなら、「バクマン」の服部編集者のような感じだろうか。確かにああいう風にいい年をした大人が、ガチンコで語り合うのはいいなぁ、と思う。